日本維新の会、分裂か
みなさまこんにちは、藤井盛光です。
私事ですが2ヶ月ほど咳が続いており、寝こむほどではないので騙し騙しやっておりましたところ、本格的に咳の発作が起きるようになり、病院で喘息と診断されてしまいました。
もともと小児喘息があり、完治したと思っていたのですが、不摂生のために再発してしまったようです。ここ数日は発熱もあり、ここぞとばかりに色々罹患してしまったようです。皆様もご自愛ください。
さて各メディアは28日付で日本維新の会の石原慎太郎、橋下徹両共同代表による分党合意を報道しました。
その理由は報道によれば、あくまで自主憲法制定を譲れない石原氏と、改憲で十分という認識で勢力拡大、来年の統一地方選を優先する橋下氏との根本的な姿勢の違いによるものということです。
この決断に私は快哉を叫ぶものの一人です。
維新の会との合併以来、理念を共有してお国のために一致団結して尽くすことがこの党でできるのか、消化不良のところが多くありました。
ですがこれまでのところ安倍内閣と維新の協調関係は、あるときには首相よりも過激な発言をしたり、ある時には野党の立場から援護射撃をしたりと、大変良好であったと言えます。
そしてようやく本丸である新憲法にとりかかる段に至って、党内をこれ以上無理やりまとめていくことは難しいと判断し、今回の決断に至ったのではないでしょうか。
石原氏の自主憲法制定にこだわる姿勢の根底には、現行憲法は不正な圧力で呑まされた敗戦国憲法であり、国家の設計図である憲法を、我々日本人の手で一からきっちりと作り直し、日本を取り戻そう、という強い信念があります。
私も憲法には強い思い入れがあります。
大日本帝国憲法が15年もの年月をかけて我が国の伝統の良い点と、諸外国の法制度の良い点を、伊藤博文、井上毅を始めとした烈士が侃々諤々の議論を重ねて出来上がったというプロセスに比べ、現行憲法は戦勝国間の様々な駆け引きのうちに日本人の手というよりはGHQによって強引に押し付けられたというのが実際です。
脳内お花畑の前文や、米国依存の本質である9条、義務・責任軽視、権利・自由重視の憲法のおかげで、我が国には金はあるが人は劣化してきたと言わざるを得ません。
制定当時の苦渋の決断はあるでしょう。ですが今は平成の世、半世紀を経ていまだ敗戦国気質が治らないという、いわば国の宿痾です。
石原氏、また私が学び尊敬する平沼赳夫先生を始めとしたたちあがれ日本の先生方、更には願わくば田母神俊雄閣下にもご参画頂いて、今の日本にはない、愛国心に溢れ、数に頼らない、信念を曲げない武士集団のような政党を再度立ち上げて頂きたいと願う次第です。
以上
0 コメント:
コメントを投稿