長岡市食育基本条例


皆様こんにちは、藤井盛光です。
長岡は段々と冷え込んでまいりました。山なみはうっすらと雪化粧し、街場の降雪もまもなくといった感じです。



本日は長岡市食育基本条例についてご報告致します。
この条例は長岡市議会の農業振興議員研究会が中心となってまとめているもので、来年の四月一日に施行することを目標に、現在詰めの作業が行われています。

その条文は、地元の豊かな食材を育む農業に言及する前文から始まり、乱れてゆく現代人の食生活において、食について考える習慣を身につけ、心身ともに健康な生活を送れるように、行政、事業者、消費者が協調してゆくことを旨としています。

私はこの条文作成に直接関わってはおりませんが、本条例の主旨には大いに賛同するものです。

健全なる精神は健全なる肉体に宿る、と言いますし、医食同源、とも言います。

口に入れるものに対して何も意識を払わない家畜レベルの思考からの脱却。昨今忘れがちな生きとし生けるものの命を頂いて、自分が生かされているということ、及びその恵みを与えてくれる生産者に対する感謝の気持を持つこと。

そういった身体と心の両面にわたって一定の規範を示す、本条例には大いに期待致します。



さて、本条例に関連して、二点ほど言及したいことがあります。



まず一点目ですが、大量生産大量消費に伴う食材の廃棄についてです。

これは食事を供する側の利便性と、注文をする客側の意識の問題です。調理素材を大量に調達し、大量に調理することにより料理の単価を下げることが可能になる一方で、ロスとして廃棄する部分も大きくなります。また自分一人が食べきれるだけ注文すれば余りは無いはずですが、実際には勢い余って食べきれず、廃棄されることもあります。

また持ち帰りを希望しても、昨今の風潮は持ち帰りお断りです。
私見では、店から持ちだした食品で当たったら、それは個人の責任であり、店の責任を問うのはおかしいと思います。(風評被害の打撃は大ですが、本質的には風評に惑わされる消費者のレベルも問題です)

このように、食べ物の大事さを真正面から否定するような現状は、我々、特に子供達の倫理観の低下につながりますし、この現状を子供にはとても見せられません。

個人個人の価値観は多様とよく言われますが、私の価値観では、食べ物を粗末にするということは、人格の形成において好ましくないことであると思いますし、それを社会全体で変えていく必要があると思います。



次に二点目ですが、本条例の立案に関わる議員の活動です。

この条例は、ある議員が議会で食の大事さ、米飯給食の大事さを訴えたところがその出発点です。

この議員さんは非常に真っ直ぐな方で、議会でも委員会でも、公の場でも私的な場でも、歯に衣着せぬ真っ向議論に挑み、単独正面突破を試みたものの、一向に事態が進展する目処が立たなかったといいます。

そこで彼は自分自身は黒子に徹することに務め、先輩議員に取りまとめの要職を譲り、裏方に徹し、この条例の素案作成に至ったということです。

議員は一人でできることは限られており、如何に大勢の議員を説得し、味方につけて事を成すのか、その政治力も大事な要素であり、私はその姿勢に学ぶことは大いにあるなと思った次第です。




おしまい








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