第三章 「マスコミ戦略」
例の会議より程なく、平岩は自身の役目である久保を渡部の会長室へと案内する事に漕ぎつけていた。
その頃会長室では、大勲位、会長、佐野が入念なリハーサルをして待ち構えていた。その時秘書室からのインターホンで平岩と久保がエレベーターに乗った事が告げられた。
(大勲位が言った)
「佐野君頼んだぞ!」
「かしこまりました。」
(室井良子に一度断られている渡部は、浮かない顔をして無言で二人を待った)
「初めまして、久保貴平と申します。お会いできて光栄です。」
(大勲位に深々と頭を下げて、挨拶した)
(渡部が言った)
「今日は、我々の為に貴重なお時間を取って頂き感謝に堪えません。」
(この驚くような謙虚な姿勢に久保は、これから起こるのっぴきならない事態の気配を察知していた)
(佐野が続いて挨拶し、本題に入っていった)
「貴重なお時間を無駄にしては申し訳ありませんので、早速本題に入らせて頂きます。」
入念なリハーサル通りの展開で話が進み、最後に大勲位の曽根が立ち上がると会長の渡部、平岩、佐野が続き全員が「お願い致します」と言ってから深々と頭を下げた。
久保は腕を組み瞑想するかのように目を閉じ、暫くした後ゆっくりと話し始めたのである。
「わかりました、先ずはお座りください。百パーセント口説き落とせる自信は持ち合わせて居りませんが、このお話、日本国の為にお引き受けいたします。私と彼女との間では、貸し借りは存在していないのですが、彼女が錯覚してくれるならそれも手段と考えて説得してみます。暫く私に時間をください。」
(そう言って、快くとは言い難いが久保なりの自信を示して、久保による室井良子の党首就任説得の件は応諾された。)
「おい橘、本当か?久保さんが室井さんの説得の件引き受けてくれたというのは・・・」
「はい、先程社長がお出掛けされていた最中に平岩さんから直接電話があり、『久保さんが説得してくれる事になりました、社長にはくれぐれも宜しく』との事でした。」
「そうか、それは良かった。おい橘君、本当に政権を奪取できるかも知れなくなってきたぞ!」
「メンバーの選考も急がないといけませんね。ところでマスコミ戦略は練られているのですか?これだけ活字離れが進んだ中ではマスコミ戦略が勝敗を決めますよ、確実に・・・」
「ああ、私なりに伏線は張って置いた。ところで、君の知り合いにシナリオ作家で気の利いた奴は居るか?」
「シナリオ作家ですか・・・・ああ、ひとりいます、伊達公之という名前は気障なのですが私とは感性の合うやつです。何か?」
「そうか、近いうちに一肌脱いで貰う事になるかもしれない、私の交際費枠五万まで使っていいからご馳走でもして仲良くなって置いてくれないか頼む。」
「はい、分かりました。」
その頃、今まで見たこともない、久保の執拗な説得工作に遭っていた室井良子は、流石に根負け寸前の状況で、当初の固辞の姿勢が折れかかっていた。
「久保さん、そこまで言うなら確認させて下さる。」
「何かね?」
「先ず、人事に関しては、大臣はおろか政務官まで総て私の意向で決めてもいいという事と理解して構わないかしら?」
「ああ、そう確認した。」
「当然選挙区も私が決めていいのよね?」
「勿論だとも。」
「という事は、任命したら貴方もどんな官位でも受けてくれる覚悟がおありという事でよろしい?」
(流石にこの問い掛けには即答しかねたが・・・暫くして)
「そう受け止めてくれて構わん。」
「・・・わかりましたわ、お引き受けします。でも久保さん遺言は、これ一通でしょうね・・・次に出てきたらその場で破り捨てますから・・・」
そうなのだ。久保は予め遺言書と書いた封書で事の次第を彼女に知らせ彼女の説得にあたったのであった。それで彼女は、てっきりシンクタンクの件での事と思って安易に開けて読んでしまったのだ。読んでしまうと不思議と口で言われるより説得力があり、改めて事の経緯を確かめざるを得なくなり、久保が立たされて居る状況が分かれば分かるほど断れなくなってしまった。完全に室井良子の作戦負けだった。
「君しか居ないんだ、今この国のジャンヌダルクになれるのは・・・それだけの才能も美貌も兼ね備えて居るじゃないか!」
「うわー、久保さんがそんなこと言う人だとは知らなかったわ、とっても意外!」
「とにかくありがとう、恩に着るよ。」
久保は連絡を入れ渡部の元を訪れた、そこでは大勲位曽根、会長渡部、平岩、参謀役の佐野、そして今回の仕掛け人隅田が雁首揃えて待っていた。
「いやー、よくやってくれたありがとう。」
(大勲位曽根が一同を代表して言った)
「あとは必勝を期す為に、法律に触れない限りありとあらゆる仕掛けを施して、何が何でも政権を奪取せねばなりません。」
(参謀役の佐野が言った)
「ところで、室井女史から何か条件を提示されましたか?」
「はい、人事は大臣は勿論、言うに及ばず政務官まで一存で決めさせて貰う、政策も一義的に彼女が素案を考えるのでそれを最大限尊重する事、無論綱領の素案も作るとの事、そして、党名は、シンプルに『保守党』にしてほしいとの事でした。以上の条件を全て呑む事を条件に引き受けてもいいとの事でした。」
久保は、彼女がやり易い様に即興で思いつくままに条件を出した。暫く彼らは喧々諤々話しあったが、最後に全員が頷くと今度は大勲位に代わって会長の渡部が言った。
「分かった、その条件全て呑もう。但し、貴方には我々のメンバーに加わって頂いて、彼女と意見が対立した際の調整役を務めて頂くことを此処で一同に代わってお願いする。受けてくれますね?」
(何時にない迫力で会長渡部が言った)
「已むを得んでしょうな。」
(久保貴平は観念した様に言った)
隅田は自分が提案した久保のメンバー入りまでも戦略的に織り込むこの会の用意周到さに言い知れぬ凄味を感じていた。
(こんな言い方されたら久保さんは絶対に断れないし、万が一室井さんが独走しそうになったら確実に久保さんが調整するだろうし、室井さんを陰に陽にサポートするに決っている。見事な戦略だ!)
「では本日は久保さんの労を労う意味で一席設けてありますのでそちらへ移動願います、車を玄関に待たせてあります・・・」
(佐野が司会者口調で皆に向かって言った)
例の向島料亭「華蝶」で室井良子という難敵を口説き落とす事に成功した、美酒に一同が酔いしれ、二時間が過ぎたころ、司会者佐野がそろそろお開きにしたいと告げた。
すると、会長の渡部が隅田のところに来て告げた。
「おりいって相談したい事があるんだ、これは我々の分野だから君、済まんが残ってくれないか?」
「はい、分かりました先輩。」
(隅田はそう返事をしながら、我々の分野って何だ?と首を傾げた。)
to be continued...
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